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神戸地方裁判所社支部 昭和58年(ワ)78号 判決 1985年9月04日

原告 安藤松子

<ほか二名>

原告ら訴訟代理人弁護士 山本彼一郎

同 山本寅之助

同 芝康司

同 森本輝男

同 藤井勲

同 松村信夫

被告 井上徹

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 中尾英夫

被告 吉田隆次

主文

一、被告吉田隆次は、原告安藤松子に対し金一、五八三万〇、四二〇円、原告安藤純一、同安藤真理それぞれに対し各金七七六万五、二一〇円あてと、これらに対する昭和五八年一月七日からいずれも支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らの被告吉田隆次に対するその余の請求ならびに被告井上徹、同井上利江に対する各請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告らと被告吉田隆次との間においては、原告らに生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告井上徹、同井上利江との間においては全部原告らの負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは各自、原告安藤松子に対し金一、六五三万〇、四二〇円、原告安藤純一、同安藤真理それぞれに対し各金八七六万五、二一〇円あておよびこれらに対する昭和五八年一月七日からいずれも支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(被告井上徹、同井上利江)

主文第二、三項と同旨

第二当事者の主張

一、請求原因

1  事故の発生

訴外安藤清(以下、亡清という)は昭和五八年一月七日午後一〇時五五分ごろ、兵庫県多可郡加美町西山六一番地先路上において、被告井上利江運転にかかる車両(神戸五五い六五七五、タクシー、以下、井上車という)に乗り込もうとしていたところ、右車両の対面から進行してきた被告吉田隆次運転の車両(神戸五八さ五一五七、以下、吉田車という)がこれに衝突したため、路上に跳ね飛ばされて脳挫傷等の傷害を負い、同月九日右脳挫傷により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告井上徹は井上車を、被告吉田隆次は吉田車をそれぞれ所有して使用し、いずれも自己のために運行の用に供していた。

よって、右被告両名は自賠法三条に基づき、原告らの被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告井上利江(以下、被告利江という)は乗客を乗せるに当たっては、その安全確保のため、車両を道路左端に停止させるべき注意義務を負っているのに、これを怠り、右車両を道路中央付近に停止させた過失により本件事故を惹起した。仮に右車両を道路中央付近に停止させたことが止むをえないことであったとしても、せめて前照灯を点灯して対向接近中の吉田車に対し道路中央付近に停止中の車両のあることを強く告知するべきであった。しかるに被告利江はこの注意義務をも怠り、前照灯は消したままであった。

よって、同被告は民法七〇九条に基づき、原告らの被った後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 相続関係

原告安藤松子は亡清の妻、原告安藤純一、同安藤真理はいずれも亡清の嫡出子である。そこで原告らの相続分は、原告安藤松子が二分の一、二名の子供はそれぞれ四分の一である。

(二) 亡清の損害 金五、五〇六万〇、八四一円

(1) 逸失利益 金五、四〇六万〇、八四一円

(イ) 亡清は昭和一〇年七月二〇日生で事故当時四七才の健康な男子であり、加美町役場の総務課長の職にあった。慣行上右役場の停年は六〇才であるところ、亡清は本件事故に遭遇しなければ少くとも昭和七〇年一二月まであと一三年間は右役場に勤務し、収入を得ることができ、停年により退職した後は他の職に転じ、六一才から六七才までの間、同年令の男子と同程度の収入を得ることができたはずである。

(ロ) 亡清の昭和五七年度の年収は金六一五万二、八三六円であったが、昭和五八年度はこれが金六四三万六、八七六円に昇給しており、以後、右役場を停年により退職するまでの間別表一のとおりほぼ毎年の昇給が約束されていた。右の所得を基礎にすると、亡清の右役場在職期間中の逸失利益は、別表二のとおり金四、六二九万八、九六一円となる。

(ハ) 亡清の六一才から六七才まで七年間の逸失利益は、別表三のとおり金七七六万一、八八〇円となる。

(2) 慰藉料 金一〇〇万円

亡清は社会においては実直な公務員としてその職務に精励し、家庭においては原告らの夫として父親として経済的にも精神的にも欠くことのできない人物であったが、突然の事故死により公私にわたる責任を果しえなくなった無念さは計り知れないものがある。

(三) 原告安藤松子の損害 金九〇〇万円

(1) 慰藉料 金五〇〇万円

精神的にも経済的にも支柱と頼む最愛の夫を本件事故により突然失った苦痛、および今後幼い子供二名を独りで養育しなければならないことに対する不安は筆舌に尽し難いものがある。

(2) 葬儀費 金一〇〇万円

葬儀関係費用として実際には金一八一万八、二二〇円の出捐を余儀なくされたが、うち金一〇〇万円について賠償を求める。

(3) 弁護士費用 金三〇〇万円

(四) 原告安藤純一、同安藤真理の損害慰藉料 各金五〇〇万円

4  損害の填補

原告らは本件事故を惹起した前記車両二台に付保されていた自賠責保険から金四、〇〇〇万円を受領したので、これを亡清の損害(前記3(二))に充当する。

よって、亡清の損害賠償請求権残額は金一、五〇六万〇、八四一円となり、原告安藤松子はその二分の一の金七五三万〇、四二〇円を、原告安藤純一、同安藤真理はそれぞれその四分の一の金三七六万五、二一〇円を相続したものである。

そこで、被告らに対し、原告安藤松子は右相続分とその固有の損害(前記3(三))を合わせた金一、六五三万〇、四二〇円の、原告安藤純一、同安藤真理はそれぞれ右相続分とその固有の損害(前記3(四))を合わせた各金八七六万五、二一〇円の各損害賠償請求権を有するものである。

5  結論

よって、被告らに対し、原告安藤松子は金一、六五三万〇、四二〇円、原告安藤純一、同安藤真理はそれぞれ金八七六万五、二一〇円と、これらに対する本件不法行為の日である昭和五八年一月七日から支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

二、請求原因に対する認否

(被告井上徹、同井上利江)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同2(二)の事実は争う。

3  同3(一)の事実は認める。

同3(二)ないし(四)の事実は争う。

4  同4の事実は利益に援用する。

5  同5は争う。

三、抗弁

(被告井上徹、同井上利江)

1  免責

本件事故は制限速度の時速四〇キロメートル毎時をはるかに超える時速一〇九キロメートル毎時という高速度で、しかも前方注視を欠いたまま進行してきた吉田車の無謀運転により惹起されたものであり、被告吉田隆次の全面的な過失によりもたらされたものであって、被告利江には何らの過失がない。本件事故現場の道路は幅員四・五メートルしかなく、井上車の車幅は一・六九メートルであるから、仮に同車が精一杯道路左端寄りに停止していたとしても、道路幅をおよそ二メートルは占有することとなり、対向車両の通行のために残されている道路幅は約二・五メートルしかないのである。そこで、かかる狭隘な部分を通行する対向車両としては前方を注視し減速徐行するなど、井上車との接触衝突を回避するため適切な措置をとる必要があったわけである。しかるに被告吉田隆次は、飲酒のうえ前方注視を欠いたまま、前記制限速度をはるかに上回る時速一〇九キロメートル毎時もの高速度で進行してきたのであるから、井上車を避けて右狭隘な部分を無事通過できたものとは到底想像できないところである。本件事故は被告利江にとって回避不可能な事故であったといわざるをえない。しかし、それにもかかわらず同被告は道路左端に寄って停止するための努力はつくしたし、安全確保のため十分注意したものである。すなわち、同被告は平尾亭から呼ばれて右道路を北進し平尾亭に到着したあと、道路を隔てて平尾亭の真向かい側にある駐車場に車首を道路に向けていったん駐車したが、乗客の亡清を乗せるため右道路に進入するべく、まず道路右方(南方)を見たところ対向北進してくる車両はなく、次いで左方(北方)を見たところ接近してくる車両はなかったところから、右駐車場から右折して道路に進入した。そして平尾亭玄関の南隣りにある小店の入口から少し南に進行した路上に停止し、後退して右小店の入口で乗車させようと考え、バックギヤーに入れて後方を確認したところ、右小店の入口付近から亡清が乗車しようとして車両に近寄ってくるのが見えた。そこで同被告は亡清が飲酒していることでもあり後退したのではかえって同人に危険が及ぶと考え、その場で乗車させることとし、後部左側の自動開閉ドアーをあけて亡清の乗り込んでくるのを待った。その時車両前方でキキーッという急ブレーキ音がしたので前方を見ると被告吉田隆次運転車両が眼前に迫っており、次の瞬間衝突した。このように被告利江は駐車場から道路に進入するに際しては左右の安全を確認し、右小店の入口から少し南下した地点に停止した際にも進路の前後方の安全を確認しており、そして後退して道路左端に寄って亡清を乗車させるため、右小店の入口付近まで後退すべくその準備中に本件事故は発生した。なお井上車は右路上で停止中前照灯は消していたが、車幅灯および屋根のタクシー表示灯は点灯していたのであり、これらの灯りは一五〇メートル前方から優に現認することができたのであるから、被告吉田隆次が前方注視をつくしておればその進路前方に停止中の車両のあることが確認できたのであり、制限速度四〇キロメートル毎時を遵守しておれば、井上車の手前で余裕をもって停止できたものである。被告利江には、制限速度をはるかに上回る時速一〇九キロメートル毎時もの高速度でしかも前方不注視のまま進行してくる無謀運転車のあることまでも予測し、これに対処すべく、前照灯を点灯していなければならないという注意義務はないはずである。

もとより被告井上徹には何らの落度はなかった。

井上車には構造上の欠陥および機能の障害はなかった。

2  過失相殺

仮に被告利江が道路左端に寄らずに停止したことにつき、同被告の過失責任が否定できないものとすると、亡清にも過失があるから相当程度の過失相殺がなされるべきである。けだし、亡清は被告利江が右小店入口付近まで後退しもって道路左端に寄って同人を乗車させようとしているのに、車両に近寄ってきたばかりか、当時車両後方の安全確認をしていた被告利江とは異なり、南面しており、したがって驀進してくる吉田車に当然気付いたはずであるからである。

3  損害の填補

被告井上徹は訴外興亜火災海上保険株式会社との間で搭乗者保険を締結しており、同保険会社より保険金として金五〇〇万円が原告安藤松子に支払われたから、当然損害に充当するべきである。もし右保険金が損益相殺の対象とされないのであれば、同被告はわざわざ保険料の負担までして保険契約を締結するわけがない。保険料を支払ってもいない原告らが右保険金を損害金以外に請求受領するいわれはないのである。

四、抗弁に対する認否

1  免責の抗弁中被告利江が無過失であるとする点は争う。車両運転者には、停車するに当たっては、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害にならないよう注意を払うべき注意義務がある。しかるに同被告には右注意義務を怠った過失がある。すなわち、本件事故現場である県道中和田線の車道幅員は四・五メートルであり、その両外側線の外側に幅員〇・四メートルの路側帯がついている。井上車の車幅は一・六九メートル、吉田車の車幅も同程度であり、井上車はその車体左側面部が県道東側帯東端から一・四一メートル(東側外側線からは一・〇一メートル)の位置で停止していた。したがって、停止中の東側車道部分の幅員は約一メートル、西側部分は約一・八メートルという状況であり、幅員四・五メートルの県道は車幅一・六九メートルの右車両によりほぼその中央部分を占められていたことになる。仮に県道にセンターラインが引かれていたとすると、右車両は対向車線内に約〇・四五メートルはみ出して停車していたことになるのである。かような停車が、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害にならないように行なわれた停車とはいえないことは明白である。衝突地点のすぐ北側には平尾亭玄関前の空地があり、車道東側には幅員〇・四メートルの路側帯もあるのであるから、井上車がこれらを有効に活用して停車しておれば本件事故は発生していなかった。同車両があと〇・七メートル左側に寄って停車しておれば本件事故は発生していなかった。また同車両が道路中央部に停車したことが仮に万止むをえないことであったというのであれば、せめて前照灯を点灯して対向接近中の吉田車に対し強く注意を促すべきであった。駐停車中の車両に前方不注視、速度超過の車両が追衝突する事故は決して稀ではないのであるから、被告利江も当然予測すべきであった。しかるに同被告はこの注意義務をも怠り前照灯は消したままであった。

2  抗弁2は争う。

3  抗弁3の事実のうち、原告らが訴外興亜火災海上保険株式会社から搭乗者傷害特約による保険金五〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、右保険金は損益相殺の用に供することは許されない。けだし右特約による保険金は損害の填補を目的とするものではなく、損害額と無関係に定額の給付を行なうものだからである。したがって、一般的に損害保険においては保険金を支払った場合、その支払の対象となった事故が第三者の責に帰するものであったときは、保険者は保険金の限度で被険者の第三者に対する損害賠償請求権を取得するという代位請求の規定をおくことが多いが、右特約には右の規定がない。右特約による保険金は保険事故の発生により当然に当該車両の搭乗者に対し支払われるものであり、損害保険ではなく、傷害保険に類するものであり、これを損益相殺の用に供することは許されないのである。

第三証拠《省略》

理由

第一被告井上徹、同井上利江関係

一、事故の発生

原告ら主張の日時、場所においてその主張のごとき交通事故が発生し、亡清が死亡したことは当事者間に争いがない。

二、責任原因

被告井上徹が井上車の運行供用者であることは当事者間に争いがないから、免責の抗弁が認められないときには、同被告は本件事故により原告らの受けた損害を賠償すべき責任がある。

よって、同被告の免責の抗弁につき検討することとする。

まず被告吉田の過失につき見てみるのに、《証拠省略》によると、本件事故当時、被告吉田は飲酒のうえ吉田車を運転し、制限速度四〇キロメートルのところこれをはるかに上回る時速一〇〇キロメートル以上もの高速度で道路幅員の狭い県道中和田線を北進し、しかも前照灯は下向きにしており十分な前方注視を欠いたまま事故現場に接近したこと、これがためその進路前方の事故現場で停車中の井上車に気付くのが遅れ、あわてて急制動措置をとったが間に合わず井上車に正面衝突したものであることが認められ、右認定事実によると、被告吉田には安全運転義務違反の過失のあることが明白であり、本件事故は同被告の右過失により惹起されたものというべきである。

そこで被告利江の過失の有無につき検討するのに、《証拠省略》を合わせると、本件事故現場である県道中和田線は南北に通じており、アスファルト舗装のなされた平坦で長い直線道路であって、南北両方向とも見通しを妨げるものはないこと、事故現場近くの県道をはさんで東側には旅館平尾亭の玄関が、西側には同旅館の駐車場があり、照明設備としては平尾亭の門灯と看板灯があるだけで他にはなく、現場は暗かったこと、県道は車道幅員が四・五メートルで、車道の東西両外側線の各外側にはそれぞれ幅員〇・四メートルの路側帯があり、各路側帯の外側にはそれぞれ側溝が設置されていて、その幅員は県道東側のそれが〇・六メートル、西側のそれは一・六メートルで、平尾亭玄関とその南隣りにある同亭小店の出入口および県道を隔てて西側にある駐車場の出入口に当たる各部分を除いては、各側溝は開口しており、各側溝とも転落防止のための鉄柵等防護柵の設置はしていないこと、被告利江は平尾亭から呼ばれて井上車を運転し右県道を北進して平尾亭に到着したあと、車首を県道に向けて右駐車場にいったん駐車したが、間もなく乗客の亡清を乗車させるため県道に進入すべく、県道の右(南)と左(北)を見て接近する車両のないことを確認したうえ右折して県道に進入し、車両後尾が平尾亭玄関南隣りの同亭小店の出入口にかかる地点付近で停止し、停止と同時に車幅灯とタクシー表示灯とは点灯したままにして前照灯は消したこと、次いで車両前方(南)と後方(北)を確認したところ、接近する車両はなかったので、右小店の出入口まで数メートル後退し車両を道路左端に寄せて乗車させようと考え、ギャーをバックに入れ後退すべく左後方を確認したところ、右小店の出入口付近から亡清が車両に近寄ってくるのが見えたこと、そこで被告利江は亡清が飲酒していることでもあり後退したのではかえって同人に危険が及ぶと判断してその場で乗車させることとし、車両後部左側の自動開閉ドアーをあけたこと、その時車両前方で突如キキーッという急ブレーキ音がしたので思わず前方を見たところ、吉田車の前照灯が眼前に迫っており次の瞬間正面衝突したこと、衝突直前における井上車の停止地点はその車体左側面部から車道東側外側線までは一・〇一メートル、車体右側面部から車道西側外側線までは一・八メートルの位置にあったこと、なお井上車、吉田車ともその車幅は一・六九メートルであること、以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によると、事故現場の県道は車道幅員が四・五メートルしかない狭隘な道路なのであるから、かような道路を通行する車両の運転者は、他の通行車両等に接触、衝突等の危険を及ぼすことのないよう、道路の左側端に寄って自車を走行させるべき注意義務を負っているし、人の乗降等のため停車する車両の運転者は、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないよう自車を停車させるべき注意義務を負っているものというべきである。しかるに、衝突直前に井上車が乗客の亡清を乗車させるべく停車していた位置は、その車体左側面部が車道東側外側線との間にいまだ約一メートルの幅員を残しているのに、車体右側面部と車道西側外側線との間には一・八メートルしか残されていなかったというのであるから、かような井上車の停車が、たとい右停止地点から小店出入口まで後退し道路左端に寄った地点で乗車させたいとの被告利江の当初の意図に反するものであったとはいえ、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないような停車に該当するものでないことは明白であるといわねばならない。それでは井上車がどの程度に道路の左側端に寄って停車した場合に、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないような停車をしたということになるのであろうか。それは右県道を通行する他の車両等の安全確保の要請と、県道上で井上車に乗降する人の身体の安全確保の要請との調和する地点にこれを求めるべきものと考える。しかして右認定事実によると、車道東側外側線の外側には幅員〇・四メートルの路側帯があり、路側帯の外側には幅員〇・六メートル開口した側溝が設置されており、右側溝には転落防止のための防護柵が設けられていないというのであり、しかも照明設備がなく現場は暗いというのであるから、井上車があまりにも路端に近接して停車するにおいては、井上車に乗車しようとする人から乗車の機会そのものを奪い去ることになるばかりか、右側溝に転落する危険を及ぼすことになるわけである。そこで、開口された井上車の後部左側のドアーから洩れる室内灯の明りを頼りにして、井上車に無事乗り込むために必要な道路幅員は、右路側帯の東端から道路中央部に向かって最少限度およそ〇・五ないし〇・六メートル程度は必要であると思料される。《証拠省略》によると、亡清は身長が一七八センチメートル、体重は八〇キログラムであり大柄な人物であったと認められるから、同人が無事井上車に乗車できるための道路幅員は、右路側帯の東端から道路中央部に向かっておよそ〇・六メートル程度は必要であったと認めるべきであろう。そうすると、右路側帯の東端から道路中央部に向かって〇・六メートル隔てた地点、すなわち車道東側の外側線から道路中央部に向かって〇・二メートルの地点に車体左側面部が位置するように停車した場合に、井上車のその停車は、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないような停車をしたことになるのである。この場合、車幅一・六九メートルを加えて車道東側外側線から一・八九メートルの車道部分までが井上車の停車によって占有されていることになるが、井上車の西側には車道のみでなお二・六一メートルの幅員が残されていることになるから、井上車と同じ車幅を持つ吉田車のごとき対向車両等が、前記道路の左側端に寄って通行しなければならないとの注意義務を遵守する限り、停車中の井上車との間で接触、衝突等の危険を全く感ずることなく、その西側車道を無事通行できることになるわけである。それでは、仮に井上車ができる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないような停車をしておれば、本件事故を回避することができたのであろうか。井上車がかような停車をした場合において、その車体右側面部が車道東側外側線から一・八九メートルの地点に位置していることは右に見たとおりであり、この地点は車道東側外側線の外側にある路側帯の東端からは二・二九メートルの地点に当たる。一方、《証拠省略》によると、吉田車は前記道路の左側端に寄って通行しなければならないとの注意義務を無視し、県道のほぼ中央部分を走行してきたものであって、衝突直前における吉田車の位置はその車体右側面部が車道東側外側線の外側にある路側帯の東端から二・一一メートルの地点にあったことが認められる。してみると、井上車、吉田車の各車両はそれぞれの車体の右側面部から車体中央に向かって〇・一八メートルの範囲で重なり合うことになる。つまり衝突は回避できなかったということになる。仮に井上車にあと〇・一メートルだけ道路の左側端に寄って停止することを命じてみたところで、右重なり合う部分が〇・一メートル減少するだけで衝突は免れないわけである。およそ結果回避義務は、その具体的状況下で行為者が期待どおりの行為に出ていたなら、結果を回避できたであろう場合に負わされる義務であって、期待どおりの行為に出てみたところで結果の発生は免れなかったであろう場合には、もはやこの義務の違反を問うことは許されないというべきである。本件事故において、たとい井上車ができる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないような停車をしてみたところで、所詮は衝突事故の発生を回避できなかったことが明白である以上、もはや井上車が右のごとき停車をしなかった点をとらえて、被告利江に過失責任を負わせることは許されないというべきである。そうすると、残るところは井上車が前照灯を点灯して車道中央付近に停車中の車両のあることを対向接近中の吉田車に合図しなかった点をもって、被告利江に注意義務違反があるか否かという問題であるが、先に認定したところによると、吉田車は狭隘な県道を時速一〇〇キロメートル以上もの高速度で、しかも前照灯は下向きにしたまま走行していたというのであるから、被告吉田はいわば目隠しの状態で暴走行為をしていたものと評すべく、たとい井上車が前照灯を点灯して合図をしてみたところで、目隠しの状態にある被告吉田がこの合図に気付いたやは大いに疑問であるというべきであろう。一方、《証拠省略》によると、本件事故当時、井上車が点灯していた車幅灯と表示灯により、吉田車と同様右県道を北進中の車両からその進路前方一五八ないし一六一メートルの地点に停車中のタクシー(井上車)のあることが十分確認できることが認められ、この事実からすると、被告吉田がもし前方注視を怠ることがなかったなら、井上車に一五八ないし一六一メートル接近した地点で井上車を優に発見することができたはずであり、発見と同時に減速もしくは急制動措置をとっておれば、たとい右高速度であったとしても、本件事故の発生は回避できたものというべきである。かような事実関係を総合すると、井上車が車幅灯と表示灯の各点灯のほかに、さらに前照灯をも点灯すべき注意義務を負っているものと解するのは相当ではないと思料され、したがって井上車がその停車中前照灯を点灯しなかった点をとらえて、被告利江に過失責任を負わせることは許されないものというべきである。

以上の次第であって、本件事故は被告吉田の一方的過失により惹起されたものというべく、被告利江には過失のないことが明らかである。免責の抗弁中その余の要件については原告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

よって、被告井上徹の免責の抗弁は理由がある。

したがって、原告らの同被告に対する請求はその余の点につき判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから、棄却を免れない。

被告利江が本件事故の発生につき過失責任を負うものでないことは右に説示したとおりである。

したがって、原告らの同被告に対する請求もまた、その余の点につき判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから、棄却を免れない。

第二被告吉田隆次関係

一、被告吉田は適式な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しないから請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

右事実によると、被告吉田は自賠法三条に基づき、本件事故により原告らの受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

二、そこで、本件事故により原告らの受けた損害につき検討することとする。

1  亡清の損害 金五、五〇六万〇、八四一円

右損害は、亡清の逸失利益ならびに慰藉料の合算額であるところ、これらの算定事由については、原告安藤松子本人尋問の結果によると、請求原因3(二)記載の事実のとおりであることが認められるから、損害の計算式ともどもここにこれを引用する。

2  原告安藤松子の損害 金五八〇万円

(一) 慰藉料 金五〇〇万円

算定事由については、右本人尋問の結果によると、請求原因3(三)(1)記載の事実のとおりであることが認められるから、ここにこれを引用する。

(二) 葬儀費 金八〇万円

本件事故の態様、亡清の社会および家庭における地位、家族関係その他諸般の事情を考慮すると、経験則上、葬儀費として金八〇万円を要するものと認められる。

3  原告安藤純一、同安藤真理の損害 一人当たり金四〇〇万円

思いもしなかった父親の事故死による悲しみと将来に対する不安、その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料として右原告らそれぞれにつき金四〇〇万円とするのが相当と認められる。

4  損害の填補

原告らが自賠責保険から金四、〇〇〇万円の支払を受けたことは原告らの自認するところであるから、これを亡清の前記損害に充当することとする。そうすると、亡清の損害賠償請求権残額は金一、五〇六万〇、八四一円となる。

そこで原告安藤松子は妻としてその二分の一に当たる金七五三万〇、四二〇円を、原告安藤純一、同安藤真理は子としてそれぞれその四分の一に当たる金三七六万五、二一〇円を相続により承継したものと認められる。

したがって、原告ら固有の前記各損害と右相続分とを合算すると、それぞれの損害は次のとおりとなる。

原告安藤松子 金一、三三三万〇、四二〇円

同安藤純一 金 七七六万五、二一〇円

同安藤真理 同右

5  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告安藤松子が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、金二五〇万円とするのが相当であると認められる。

よって、原告安藤松子の損害は、金一、五八三万〇、四二〇円となる。

三、以上の次第であり、原告らの被告吉田に対する請求は、原告安藤松子が金一、五八三万〇、四二〇円、原告安藤純一、同安藤真理がそれぞれ各金七七六万五、二一〇円あてと、これらに対する本件不法行為の日である昭和五八年一月七日から支払のすむまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

第三結び

よって、原告らの被告吉田に対する請求は第二の三記載の各金員ならびに遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、原告らの被告井上徹、同井上利江に対する各請求は失当としてこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本多市)

<以下省略>

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